はじめに
部下が見ていないところで、部下を下げていないでしょうか。
上司への報告の場。
会議の場。
トラブル共有の場。
他部署とのやりとりの場。
そこに、部下本人はいない。
だからこそ、管理職の本音が出ることがあります。
「自分は言ったんですけど」
「部下がまだ理解していなくて」
「現場がなかなか動かなくて」
「あの子の確認不足で」
「メンバーの意識が低くて」
もちろん、事実を伝えることは必要です。
部下のミスをなかったことにする必要はありません。
現場の課題を隠す必要もありません。
問題が起きたなら、正しく報告する責任があります。
ただ、問題はその伝え方です。
その報告は、部下のせいにして自分を守る報告になっていないか。
現場のせいにして、自分の責任を薄める報告になっていないか。
部下本人がその場にいても、同じ言い方ができるか。
ここに、管理職としての姿勢が出ます。
部下のせいにしたくなる気持ちは分かる
管理職も人です。
上司から厳しく見られたくない。
自分の評価を下げたくない。
「管理できていない」と思われたくない。
そう感じるのは自然です。
トラブルが起きたとき。
目標に届かなかったとき。
部下のミスで問題が大きくなったとき。
管理職自身も、焦ります。
「自分はちゃんと伝えていた」
「確認もしていた」
「何度も言った」
「でも、部下が動かなかった」
そう言いたくなる場面はあります。
特に、普段から現場を支え、部下のフォローをしている管理職ほど、
「これ以上、自分だけが責められるのは納得できない」
と感じることもあるでしょう。
その気持ち自体を否定する必要はありません。
ただ、そこで部下を下げることで自分を守ろうとすると、管理職として大切なものを失っていきます。
部下がいない場での言葉は、必ず現場に伝わる
部下本人がその場にいなくても、管理職の言葉は現場に伝わります。
直接伝わるとは限りません。
ただ、雰囲気として伝わります。
上司は、自分たちを守るために話しているのか。
自分の責任を逃れるために話しているのか。
現場の課題として向き合っているのか。
部下のせいにして終わらせているのか。
部下は意外と見ています。
普段の声のかけ方。
ミスが起きた後の向き合い方。
上司や他部署への説明の仕方。
誰がいない場で、誰のせいにしているのか。
こうした姿勢は、日々の言動からにじみ出ます。
部下をかばえばいい、という話ではありません。
何でも自分が悪いと背負い込む必要もありません。
ただ、部下を下げて自分を守る管理職なのか。
チームの課題として受け止め、次にどう改善するかへつなげる管理職なのか。
部下は、その違いを感じ取ります。
そこに、部下からの信頼が生まれるかどうかの分かれ目があります。
事実を伝えることと、責任を逃れることは違う
管理職には、事実を正しく伝える責任があります。
部下がミスをした。
確認が不足していた。
指示の理解にズレがあった。
現場で対応が遅れた。
こうしたことを曖昧にしてはいけません。
しかし、事実を伝えることと、責任を逃れることは違います。
「部下が確認していませんでした」
で終わるのか。
「確認が不足していました。私の側でも、確認の基準とタイミングを明確にできていませんでした」
と伝えるのか。
同じ事実でも、受け取られ方は変わります。
前者は、部下個人の問題に見えます。
後者は、管理職としてチームの課題に向き合っているように見えます。
管理職に必要なのは、部下のミスを隠すことではありません。
誰が悪いかで終わらせず、何が起きたのか、なぜ起きたのか、次に何を変えるのかを示すことです。
そこに、管理職としての責任の持ち方があります。
自分を守る報告は、チームを弱くする
部下を下げて自分を守る報告は、その場では楽かもしれません。
上司からの追及を少し避けられる。
自分だけが悪いわけではないと伝えられる。
管理職としての立場を守れる気がする。
ただ、それが続くと、チームは弱くなります。
部下は、挑戦しなくなります。
失敗したときに相談しにくくなります。
問題が小さいうちに報告しなくなります。
「どうせ最後は自分のせいにされる」と感じるようになります。
そうなると、現場の問題は見えにくくなります。
管理職の耳に届く頃には、すでに大きなトラブルになっていることもあります。
管理職が自分を守ろうとした結果、かえって現場の情報が上がらなくなる。
これは、組織にとって大きな損失です。
部下を下げて自分を守ることは、短期的には自分を守っているように見えます。
しかし長期的には、チームの信頼と改善する力を失わせます。
胸を張れる報告かどうか
上司への報告や会議の場で、考えてほしいことがあります。
その言葉を、部下本人の前でも言えるか。
部下がその場にいたとしても、
「この伝え方なら、事実として受け止めてもらえる」
「責めるためではなく、改善につなげるためだと伝わる」
「管理職としての責任も含めて話している」
と思えるか。
もしそう思えないなら、その報告はどこかで部下を下げ、自分を守る言葉になっているかもしれません。
管理職は、部下のすべてを背負う必要はありません。
部下のミスをなかったことにする必要もありません。
ただ、管理職として胸を張れる姿勢は必要です。
部下のいない場でこそ、部下を一人の人として扱う。
ミスを個人攻撃にせず、チームの課題として受け止める。
自分の責任も含めて、次の改善につなげる。
それが、部下から信頼される管理職の姿勢です。
これは管理職個人の人柄だけの問題ではない
部下を下げる報告が増える背景には、管理職本人の姿勢だけでなく、会社側の問題もあります。
ミスが起きるたびに、誰が悪いかを強く問う。
管理職に結果だけを求める。
失敗を共有すると責められる空気がある。
改善よりも、責任の所在探しが優先される。
こうした職場では、管理職は自分を守る報告をしやすくなります。
「自分の責任です」と言えば、すべてを背負わされる。
正直に課題を出せば、評価が下がる。
だから、誰かのせいにしたくなる。
もちろん、それでよいわけではありません。
ただ、管理職に「部下のせいにするな」と言うだけでは不十分です。
会社として、問題が起きたときに何を見るのか。
誰が悪いかだけを見るのか。
何が起きたのかを見るのか。
次にどう改善するのかを見るのか。
この基準を揃える必要があります。
管理職育成で必要なのは、責任の持ち方を教えること
管理職育成では、部下への声かけや面談、フィードバックを学ぶことがあります。
それらも大切です。
ただ、それだけでは足りません。
管理職には、部下が見ていない場での振る舞いも問われます。
上司へどう報告するか。
トラブルをどう共有するか。
部下のミスをどう扱うか。
自分の責任と部下の責任を、どう分けて考えるか。
個人の失敗を、チームの改善につなげられるか。
ここまで含めて、管理職の仕事です。
管理職本人の人柄や経験だけに任せると、報告の仕方も責任の持ち方も属人化します。
ある管理職は部下を守りながら改善につなげる。
別の管理職は部下を下げて自分を守る。
さらに別の管理職は、すべて自分で抱え込み疲弊する。
この差を、本人の器だけで片づけてはいけません。
会社として、現場リーダーにどのような責任の持ち方を求めるのか。
問題をどう扱い、どう改善につなげるのか。
そこを育てていく必要があります。
おわりに
部下が見ていないところで、部下を下げていないか。
これは、管理職として一度は考えたい問いです。
事実を伝えることは必要です。
部下のミスを隠す必要もありません。
現場の課題を曖昧にする必要もありません。
ただし、部下を下げて自分を守る報告になっていないか。
そこは注意が必要です。
部下本人がその場にいても、同じ言い方ができるか。
その報告は、誰かを責めるためではなく、次の改善につながっているか。
管理職として、自分の責任も含めて向き合えているか。
部下は、管理職のそうした姿勢を見ています。
部下をかばえばいい、という話ではありません。
部下を下げて自分を守るのではなく、チームの課題をしっかりと受け止め、次の改善につなげられる管理職へ。
そこに、部下からの信頼も生まれます。
そして、その姿勢を管理職本人の人柄だけに任せてはいけません。
会社として、問題の扱い方、報告の仕方、責任の持ち方を育てていく。
それが、現場で機能する管理職育成です。
会社の管理職育成も、管理職個人のお悩みもご相談ください
管理職が、部下のミスや現場の問題をどう扱えばよいか迷っている。
トラブル時の報告が、責任追及や個人のせいに偏ってしまう。
店長・SV・係長・主任によって、責任の持ち方や報告の仕方に差がある。
このような課題を感じている企業様は、現場リーダー育成・管理職育成の仕組みを見直すタイミングかもしれません。
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また、管理職本人として、
「どこまで自分が背負うべきか分からない」
「部下のミスをどう報告すべきか迷う」
「自分の責任と部下の責任の線引きに悩んでいる」
という方も、一人で抱え込まず、現在のお悩みを一度言語化してみることが大切です。
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